塙保己一

(はなわほきいち) 1746(延享3)年~1821(文政4年)

 武蔵国児玉郡保木野村(むさしのくに こだまごおり ほきのむら)(現・埼玉県本庄市)生まれ。

 江戸時代後期に活躍した全盲の国学者。7歳のとき、病気がもとで失明したが、15歳で江戸に出て、学問の道に進む。

 多くの困難の中、大文献集「群書類従(ぐんしょるいじゅう)」666冊をはじめ、散逸する恐れのある貴重な文献を校正し、次々と出版していった。48歳のとき、国学の研究の場として現在の大学ともいえる「和学講談所(わがくこうだんしょ)」を創設し、多くの弟子を育てた。生涯、自分と同じように障害のある人たちの社会的地位向上のために全力を注いだ。

 文政4年(1821年)2月、盲人社会の最高位である総検校につき、同年9月に天命を全うした。ヘレン・ケラーが尊敬した日本人としても知られる。

①塙保己一の足跡をたどろう

共生の精神が生んだ偉人 全盲の国学者 塙保己一 (埼玉県公式チャンネル)

5分程度の短い動画で、塙保己一の姿や障害を乗り越え、共生していくことの大切さをわかりやすく説明しています。

塙保己一ものがたり ~ヘレン・ケラーに勇気と希望を与えた人~ (塙保己一史料館)

塙保己一の生涯を紙芝居でわかりやすく説明しています。東京都の渋谷区にある塙保己一史料館には、『群書類従』の版木が現在でも保管されています。

③塙保己一の生き方から学ぼう

塙保己一物語(埼玉県)

塙保己一について詳しく調べてみよう。

「塙保己一物語」(埼玉県)

「江戸時代の国学者 塙保己一」(埼玉県)

さらに学ぼう

塙保己一史料館

日本資本主義の父である渋沢栄一は、塙保己一と同じ埼玉県の生まれです。塙保己一の偉業を称えるために、塙保己一史料館が設立されました。ここには『群書類従』の版木が現存されており、ヘレン・ケラーも来日した際に訪れています。

塙保己一記念館

塙保己一の生まれた埼玉県本庄市には、生家もあります。塙保己一記念館には、塙保己一についてのさまざまな資料が現存されています。


埼玉県本庄市 江戸時代 学者 、TI

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