滝沢馬琴

概要 ①足跡を辿ろう ②言葉にふれよう ③生き方から学ぼう さらに学ぼう 

滝沢馬琴(たきざわばきん)  1767(明和4)年~1848(嘉永元)年
江戸時代後期の戯作者で本名は滝沢 興邦(たきざわ おきくに)。代表作に『椿説弓張月』や『南総里見八犬伝』がある。『南総里見八犬伝』の大ヒットで原稿料のみで生計を営むことのできた日本初の作家と言われている。「曲亭馬琴」は戯作に用いる号。滝沢馬琴の名でも知られているが、これは明治以降に流布した本名と筆名をつなぎあわせた誤った呼び方として研究者から批判をされている。肖像画早稲田大学蔵。

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①滝沢馬琴の足跡をたどろう  →TOP

【小学生でもわかる】南総里見八犬伝の作者・曲亭馬琴はどんな人で何をした人なのか?失明しながらも書き上げた驚きの生涯や葛飾北斎との…  ざっくり歴史ちゃんねる

滝沢馬琴は江戸時代後期の読本作者です。曲亭馬琴と滝沢馬琴の名前の違いや由来、山東京伝や葛飾北斎との関係、失明しながらも「南総里見八犬伝」を書き上げた晩年について解説しています。

②滝沢馬琴の言葉にふれよう →TOP

滝沢馬琴 最後の言葉?辞世の句  TacticalMedia

馬琴の辞世の句「世の中の 役を逃れて もとのまゝ かへすぞあめと つちの人形」について解説しています。

③滝沢馬琴の生き方から学ぼう →TOP

滝沢馬琴とは何者か?『べらぼう』で話題の蔦屋重三郎に見出された作家と『八犬伝』の真実に迫る! 和樂

馬琴は武士の出身です。そのサムライとしての誇りと高い教養を持っていました。また、現在の執筆料の制度を確立して戯作者の地位を高めました。性格は几帳面で忙しい執筆活動の中でも丁寧な日記をつけることを欠かしませんでした。

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映画で話題!南総里見八犬伝【100秒でわかる名作劇場】  100秒でわかる名作劇場

実在の戦国大名・里見氏をモデルに展開。不思議な玉を受け取った八犬士が運命的に巡り合う。そして、その玉に由縁ある里見家のために力を合わせて戦うことになります。

「曲亭馬琴の南総里見八犬伝」『ちょっと学べる!天理図書館の文学ナビ』(05) DOYUSHAVIDEO

『南総里見八犬伝』の98巻・106冊もの長編大作です。『西遊記』『水滸伝』などの中国の小説を読んでいたことが執筆時にたいへん役立ったと言われています。

曲亭馬琴(滝沢馬琴)誕生の地  江東おでかけ情報局

馬琴は深川浄心寺門前の松平信成の邸内で生まれました。82歳で死去し、文京区茗荷谷の深光寺に葬られています。

滝沢馬琴住居跡  千代田区の文化財

旗本である松平家の家臣の子として生まれた馬琴は、現在の九段北一丁目・下駄屋会田家の養子となります。しかし家業は人に任せ、戯作者としての道を歩み始めます。その後、外神田のこの場所に転居しました。現在の新宿区信濃町に転居するまでの12年間ここで暮らしました。

東京,江戸,芸術家,AH

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