小林一茶

概要 ①足跡を辿ろう ②言葉にふれよう ③生き方から学ぼう さらに学ぼう 

小林一茶  1763(宝暦13)年~1828(文政10)年
 小林一茶は、自作農である父親の弥五兵衛とその妻・くにの長男として、北国街道(北信濃)の宿場町である柏原(現在の長野県信濃町柏原)に生まれた。一茶がわずか3歳の時に母・くにが亡くなり、祖母のなかに育てられる。一茶が、8歳の時、父・弥五兵衛は近隣の倉井村(現在の長野県飯綱町)に住む、はつと再婚した。
一茶と継母であるはつの関係は険悪で、祖母のなかが間に立ってくれていたが、一茶が14歳の時にその祖母もなくなる。一茶と継母との関係は悪化し、そのことを心配した父・弥五兵衛は、やむを得ず一茶を江戸へ奉公に出すことにした。
江戸に奉公に出た一茶は、やがて俳諧と出会う。俳人としての人生を歩むことになる一茶であったが、その後も、継母と腹違いの弟である仙六の間に起きた遺産争いや、家族との別れなど、平坦とは言えない人生を歩むことなる。
人生の出来事とその心情を俳句で表現した一茶は、明治時代になり、江戸の三大俳人の一人に称されるようになる。小林一茶肖像は村松春甫画。

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①小林一茶の足跡をたどろう  →TOP

小林一茶 〜波乱の人生と2万句の奇跡〜  中村ケンタ

俳号である「一茶」は、一杯の茶という意味がある。小林一茶は、気取った花鳥風月を詠むのではなく、一杯の茶のようにほっとする親しみのある俳句を多く残した。そんな一茶の生涯を辿ってみよう。

小林一茶とはどんな人物?簡単に説明【完全版まとめ】 | 歴史上の人物.com

生涯に2万句を残したと言われる小林一茶。一茶特有の俳句は、どのように磨かれ、どのような姿勢から生まれたのであろうか。俳句の名人、一茶の生涯をたどりながら、その人柄と魅力を探ってみよう。

②小林一茶の言葉にふれよう →TOP

【小林一茶の有名俳句 35選】春夏秋冬!!俳句の特徴や人物像・代表作など徹底解説! | 俳句の教科書|俳句の作り方・有名俳句の解説サイト

一茶の俳句は、分かりやすく、温かく、親しみがあるものが多い。 一茶の代表的な俳句を季節ごとに紹介している。みなさんも、俳句を通して一茶の心に触れてみよう。

③小林一茶の生き方から学ぼう →TOP

小林一茶の俳句哲学:日常の中に隠された無常観  東京ニーチェ

小林一茶の言葉は、俳句を通して、今を生きる我々の心にも響いてくる。庶民の生活や自然を見つめ、哀愁とユーモアを融合した一茶の俳句は、何気ない日常の中にある美しさを私たちに教えてくれる。

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【小林一茶の俳句】有名な代表作10句と一茶を世に広めた正岡子規の評価! | 平和な世界を祈るおじさんのブログ

一茶の死後、一茶の俳句は徐々に忘れ去られていくかに思われた。しかし、明治時代になり、正岡子規によって再評価されることになる。俳句に新しい風を吹き込んだ正岡子規は、一茶の俳句の特徴を、滑稽、風刺、自愛の3つとして高く評価した。一茶の人生を紐解きながら、正岡子規が絶賛した俳句に触れてみよう。

小林一茶:涙と笑いが織りなす俳句の世界   東京ニーチェ

一茶の俳句は、日常の中にある小さな幸せを教えてくれる。ストレスや孤独を抱える現代人にとって、癒しと希望を与えてくる一茶の俳句哲学に触れてみよう。

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