東條英機
概要 ①足跡を辿ろう ②言葉にふれよう ③生き方から学ぼう さらに学ぼう

東條英機(とうじょうひでき) 1884(明治17)~ 1948(昭和23)年
昭和時代の軍人・政治家。関東軍参謀長、陸軍次官、航空総監兼航空本部長を経て、近衛内閣の陸相。昭和16年に首相に就任。しかし戦局の悪化に伴い内閣総辞職となった。
敗戦後、自殺を図ったが失敗。極東国際軍事裁判でA級戦犯として絞首刑となった。
①東條英機の足跡をたどろう →TOP
止めるために選ばれた男の45日間|東条英機と真珠湾攻撃 ヤマシの夜更かし現近代史
東條英機は45日間の間、戦争回避について考え抜き、話し合い、提案を続けました。しかし、石油の備蓄は18ヶ月で尽きてしまいます。そして、陸軍、中国、アメリカ…交渉の手札は全て返されてしまいました。東條英機が悩み苦しむ姿を見てみましょう。
②東條英機の言葉にふれよう →TOP
【東条英機】施政方針演説 歴としたch
東條英機の内閣総理大臣・施政方針演説です(第77回帝国議会貴族院臨時会 1941年(昭和16年11月17日)。「三項にわたる目的が外交交渉によって達成できれば、日本のためだけでなく、真に世界平和のために幸いであると信ずる」と述べています。
③東條英機の生き方から学ぼう →TOP
戦時中の内閣総理大臣『東條英機』の驚愕の生活実態! ガクの本棚
東條英機は「戦争を主導した人物」として紹介されることが多いのですが、戦時中の総理大臣という重責を担った彼の実直で人間味あふれる日々を見てみましょう。
東条英機の性格は実はいい人?経歴と生い立ちがスゴすぎた! 歴史上の偉人のエピソードをお話しします れきし好きっ!
日本が戦争を始めてしまった時の内閣総理大臣が東条英機です。戦争を始めた総理大臣と聞くと、なんだか怖くて悪い人なイメージです。しかし、東条英機は人情味にあふれ、堅い忠誠心を持ち、日本や国民のためを思って行動していた人でした。
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【東京裁判】A級戦犯。B級戦犯。C級戦犯。終戦後、裁判で裁かれた者たちのその後。 戦史研究会
戦後、東條英機が絞首刑の判決を受けた東京裁判は戦勝国による不当な裁判と言われることがあります。どこが不当と言われるのか確かめてみましょう。
予告版『プライド・運命の瞬間』東條 英機 Junkjjp
東京裁判における東條英機を主人公にした映画の予告編です。
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