北条早雲

北条早雲(ほうじょうそううん) 1432(永享4)~1519(永正16)
戦国時代初期の武将。後北条氏の祖。自身は北条早雲と名乗ったことはなく伊勢新九郎長氏・伊勢宗瑞と名乗り、その後早雲庵宗瑞と号した。長氏以外にもさまざまな説があるが現在は盛時が定説とされている。また出自も明らかではない。今川義忠に嫁いでいた姉妹との関係から今川氏の家督争いを収め、その功績が認められて城主となった。
その後、堀越公方を奇襲して伊豆韮山へ移り、後に小田原を本拠地にして相模を平定。家督を嫡男・氏綱に譲って死去した。北条早雲画は早雲寺蔵。
①北条早雲の足跡をたどろう
北条早雲の生涯~戦国時代をはじめた男~【日本史マンガ動画】 連載終了漫画家・徳永サトシ
下剋上・戦国大名のパイオニアとも言える北条早雲が今川家の家督争いから城主となり、幕府機関である堀越公方を倒し、さらに領土を広げていったその生涯をわかりやすく解説しています。
北条早雲とは?「最初の戦国将軍」「下剋上の先駆け」の生涯・逸話を紹介【親子で歴史を学ぶ】 HugKum
北条早雲の生涯だけでなく、早雲が見た夢「ネズミと虎の夢」や小田原城を奪取したときの作戦「火牛の計」のエピソードや民のために善政を行ったことも解説しています。
②北条早雲の言葉に触れよう
早雲寺殿廿一箇条(そううんじどのにじゅういちかじょう) 小田原市
北条早雲が伝えた家訓です。21箇条の条文は、どれもわかりやすく日常生活における注意点や心得が記されています。一般の家臣を対象にした心得をまとめたものと言われています。
③北条早雲の生き方から学ぼう
恐るべき大器晩成「北条早雲のすごい生き様」50歳過ぎて無名の武人から戦国武将に急成長 東洋経済ONLINE
その出自さえもわからない北条素雲は50歳を過ぎてから活躍した遅咲きの戦国大名です。奇策によって領土を広げた北条早雲は戦国の世をつくった最初の大名と言えるかもしれません。
さらに学ぼう
北条早雲ゆかりの地9選 関東戦国時代を先駆けた歴史をたどる トラベルjp
静岡県・神奈川県にある北条早雲ゆかりの史跡について紹介しています。
北条五代を大河ドラマに! 小田原市
日本全国にある北条氏に関連した史跡の紹介です。皆さんの町にもあるかもしれません。探してみましょう。
早雲出自の謎 小田原市
北条早雲の出自は謎に包まれています。現在、その出自に関しては5つの説があるようです。
神奈川県、安土桃山、武将、AH