感想文祭り 第10回 紫式部、推古天皇、松風塾高等学校1年、10名、青森県東津軽郡平内町、R060220

実施学年: 松風塾高等学校1年生
対象人物: 紫式部、推古天皇
参加人数: 10名
表彰日: 令和6年2月20日
実施教師のコメント:

 突然の企画でしたが、生徒は楽しそうに歴史人物について検索していました。7時間という長い時間をかけた理由は、偉業を残した歴史人物に多く接し、人物の理解に努めて欲しいためです。今回の企画で、生徒の意外な面をみることができました。

 表彰式ではお二人とも大変喜んでいました。


周りとの調和を重んじながらも自分の意志をしっかり持ち続ける姿勢が凄い(高一)

 紫式部はとても教養のある賢い女性でした。当時は、教養が身についた女性は少なく、教養を身に付けるのは男性だという時代だったため、紫式部は職場の先輩から嫌がらせを受け、約五ヶ月引きこもりました。それをきっかけに紫式部は道化を演じて嫌がらせを切り抜けました。この話しから、当時は女性が教養を身に付けるというのは一般的ではなかったことから、紫式部は周りの人から迫害を受けていたが、自分自身を変えて人間関係を改善していったことが分かりました。私はこのことから、自分の意志を貫きつつ周りとの関係も円滑にしていったことが凄いと思いました。私は、自分の意志を通すことが苦手なので、純粋に凄いと思いました。

 今回の調べ学習全体を通して、紫式部からは学べる点があり、とても有意義な調べ学習となりました。特に最後の周りとの調和を重んじながらも自分の意志をしっかり持ち続ける姿勢は、今後の生活にも活かしていきたいと思いました。

推古天皇のように、逆境に負けず、人のために何か行動を起こせる人間になりたい(高一)

 彼女はこのようにも発言している。「ここのところ五穀が実らず、民衆が大いに飢えている。それゆえ、私のために御陵を造って厚く葬る心遣いは不要である。ただ私の遺体を竹田皇子の墓に葬ればよい」。
民の健康を心から願い、一人の母親として息子を愛していたことが分かる。

 これらのことから、推古天皇は『固定観念に捉われず、最後まで民や家族のことを想い行動した女性』ということが言えるだろう。常に民のためを想い行動し続けた彼女の姿は、現代を生きる私から見てもとても逞しく、憧れを抱くほどだった。私も推古天皇のように、逆境に負けず、人のために何か行動を起こせる人間になりたい。そう強く思った。

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