第28回  東京都立中学校 3年生153名、R080205

実施学年: 東京都中学校
対象人物: 【豊臣秀吉、上杉謙信、織田信長、千利休、武田信玄、中大兄皇子、聖徳太子、仁徳天皇】
参加人数: 153名 表彰者:15名

豊臣秀吉 

 一歩一歩、積み重ねる努力と言うのは何事にも通ずるのです。私は部活でコントラバスという楽器を演奏しています。平日の朝練には自由参加なので友達に誘われ参加していました。最近は毎日数十分の練習が演奏技術の向上と言う結果につながると思うようになり、自主的に参加するようになりました。技術が向上していく高揚感も秀吉も感じていたのかもしれません。
「一歩一歩、着実に積み重ねていけば、予想以上の結果が得られるだろう。」秀吉のこの言葉は、部活動だけではなく、学業、仕事をして、私たちの人生においても、私たちを導く灯台のように時代を超えて輝き続けている教訓なのだと思います。


上杉謙信

 自分は上杉謙信から2つのことを学びました。1つ目は「義」を重んじることの大切さです。利益よりも信頼を選ぶから人望があるのだと思いました。2つ目は、周囲のバランスよりも自分の信念を貫くことの大切さです。戦国時代という損得勘定で動いてしまう時代で信念を貫き通す姿勢が格好良かったからです。これからは上杉謙信までとはいわないが、自分の信念を少しでも貫けるように努めたいです。

豊臣秀吉

…さらに、秀吉は人と接することも上手だ。親しみやすくふるまうことで人の心をつかむ才能が抜きんでていた。まわりから信頼を得るためには、強さだけでなく、優しさや気配りも大切だということがわかる。
このように、豊臣秀吉からは努力すること、工夫して考えること、人との関わり方の大切さを学ぶことができた。私も自分の環境を言い訳にせず、努力と工夫を重ね、信頼を大切にしながら自分の目標に向かって進んでいきたい。

武田信玄

・・・なんと信玄、水害からも国を守ろうとしたのです。現代ならまだしも、戦国の世にそんなことができるのかと思うかもしれませんが、信玄堤という形で、甲府盆地を水害から守り、なんなら現在でも治水機能を果たしています。このような軍事力を持ちながらも、自分の国の民を気付かい信頼を得ていた信玄ですが、やはり学べることもあります。そう自分の味方を信じることができる人間性です。これは現代社会の会社でも、社長がすべての社員に意見も聞かず、はたらかせ続けるだけでは社員はやめてしまいます。最後に信義をすごい人なんだとわかってもらえたならよかったです。

豊臣秀吉

私は何か特別な才能を持っているわけでもなく、今まで勉強をたくさんやって積み重ねた結果しか残らない「努力」しなければならない人です。自分の目標に向かい、何度もぶつかって諦めようとしていましたが、秀吉の性格、そしてそれを利用した生き方を学び、努力し続けることこそがとても大切であると改めて考え直しました。苦悩や越えられない壁にぶつかるかもしれないが、自分の実力でコツコツ努力すれば、きっと夢は叶うのではないでしょうか。

千利休

国産の茶器は中国のものとは違い、シンプルで必要最低限の飾りでした。彼は華美さではなく、静けさが大切なのだと考えたのです。私は周りの意見に流されず、ほんとに大切なのは何かと言う本質を見抜くことが大切だと思いました。まとめたように千利休は周囲の圧力や派手なものに負けず、本当に茶の湯を広めるのに当たって大切なものは何かを考えています。このようなことは情報を手軽に発信、入手できるインターネットの社会にも使えるのではないでしょうか。私はこの便利になった社会で「何が本質か」に目を向けて物事を考えていこうと思います。

聖徳太子

法隆寺がこの世界最古となった理由は大きな戦乱に巻き込まれなかったこと、法隆寺の歴代の関係者が大切に後世に伝える努力をしてきたことがあると思う。中国で王朝が替わるたびに大規模な破壊が行なわれたようだ。平和である事は何よりも大切だ。第二次世界大戦で法隆寺が焼けなかったの奇跡かもしれない。
 聖徳太子が定めた17条憲法の第1条には「和を以て貴しと成す」とある。世界中の為政者にこの言葉を贈りたい。ウクライナやガザなど、武力同士の争いになった世界に平和をもたらすには、人々が互いを尊重し、協力し合うことが必要不可欠だと思う。

武田信玄

・・・このように武田信玄というと、単に戦いが強かったとイメージがありますが、実は国民の生活や家臣の思いにもしっかりと目を向けていました。そのおかげで家臣や国民と信頼関係を築くことができ、戦でも次々と勝てたのではないでしょうか。信頼関係を築く事は、今でも様々な場面において重要な役割を果たしています。例えば、学校の委員会では、同じ委員会の人たちと信頼関係を築くことで、仕事の分担などができ効率も上がります。また、社会においても、他者の人に信頼してもらわなければ、事業等を頼まる事はないでしょう。だから私も人に信頼してもらえるような行動を武田信玄から学び越していきたいです。

豊臣秀吉

豊臣秀吉は宣教師である他国の人々を日本入れることを禁じた。これは、現代で言う移民受け入れ反対と言う考え方に近しい。当時と今では状況が大いに異なり、必ずしもこの考え方が正しいと言いきることはできない。しかし彼のように歴史的背景や現状にいち早く気づき、行動することが現代にも重要で必要不可欠だと考える。

仁徳天皇

私は仁徳天皇を調べようと思ったきっかけは2つあります。1つ目はかなり前の歴史の授業で先生が教えてくれた仁徳天皇のことをいまだに強く覚えていたからです。私はそこまで歴史が得意ではなく、特に歴史上の人物の名前を覚えるのが苦手です。しかし、なぜか仁徳天皇というのはずっと覚えていたので、何か運命的なものを感じました。
「仁徳天皇」は「民が富まなければ、私も富んだことにはならない。」という考えを持っていたそうです。私はそれを聞いてなんて民思いの天皇なんだろうと驚きました。自分を犠牲にしてでも民のためになることをしようというトップとしてあるべきことだけど、難しいことを自分から進んでやっていることほんとにすごいと思います。

聖武天皇

僕が尊敬する歴史的人物は、聖武天皇です。聖武天皇のことを知るまで、僕は天皇陛下のことを偉い人としか思っていませんでした。しかし、聖武天皇について知ったことで、そのイメージが180度変わりました。聖武天皇は即位してから起こった捻り、地震、病などによって被害を受けた人を支援しました。さらに天災による飢餓で犯罪を犯してしまった人を釈放し、責任はすべて自分にあると言いました。やろうと思えば誰かに責任を押し付けることもできたのに、それを正直に認めたのはすごく驚きました。

武田信玄

武田信玄は、「いくら厳しい規則を作って、家臣に強制しても、大将がわがままな振る舞いをしていたのでは、規則などがあってなきがごとしである。人に規則を守らせるには、まず自分の言動を反省をし、非があれば、直ちに改める姿勢を強く持たねばならない」と言う言葉を残しています。これもまた、組織のリーダーの在り方を通して人との信頼関係の築き方について説いています。この言葉からは、人々をまとめる立場としてただ指示を出すのではなく、リーダー自ら模範示すことが大切だと言うことを学ぶことができます。

中大兄皇子

私はこの中大兄皇子から思ったり考えたりするだけでなく、行動に移さないと何も意味がない ということを学びました。当日蘇我氏はルールを守らず自分たちの都合で政治を進めており、それに不満を持った貴族は多くいたと思います。その中で王子は暗殺と言う形ではあれども蘇我氏に立ち向かいしっかり行動し政治を正しい方に戻していきました。日常でも似たような事はたくさん起きています。例えばいじめられている子を守ると言うのはやりたくても難しいけれども誰かが行動しなければ現状が変わらないというのも同じことです。どれだけ心の中では思っていてもそれを行動に移さないと何も変わりません。
・・・これからは困っている友達がいたら、声をかけるなど小さいことでも自分ができる限りの範囲で行動することを心掛けていきたいです。

聖武天皇

「攻めは余1人にあり。」「まことに朕が不徳のいたすところである。」これらの言葉は前述した様々な災いを自らの責任と感じた聖武天皇のものです。その後仏教に帰依して鎮護国家を祈る、国民に呼びかけて、約15メートルの奈良の大仏を作り上げるなどの様々な功績を残しました。聖武天皇の言葉から、国のリーダーとしての責任感や彼の人々を想う心、優しさをを感じ取ることができます。僕は、そういった聖武天皇の考え方、心に感動しました。
聖武天皇の生涯から自分が学べることがたくさんあると思います。僕もこれから責任感を強く持ち、誰かのために行動したり考えたりすることのできる人になりたいと思いました。これから日本の歴史を積極的に学び、もっと自国に対する理解を深めていけるようにしたいと思いました。

織田信長

織田信長は自分の野望のために行動しただけの大名ではないと私は思う。自国の民生活がより豊かになるよう考えたのではないだろうか。その当時の悪い慣習を破りよりよい社会へと改革を目指す。そのための思い切った行動が天下人まで上り詰めることが出来た秘訣だったのだろう。・・・信長は、リーダーシップをフル活用して国民をまとめ自分の目標を目指し続けた、志高い人だったのだろう。大名としての行動、今の私が真似すべき姿だ。だから、信長の行動を参考にして、自分の行動の選択肢を増やしていきたい。

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