伊藤音次郎
伊藤 音次郎(いとう おとじろう) 1891(明治24)年~1971(昭和46)年
日本の民間航空の先駆者。現在の千葉市美浜区に伊藤飛行機研究所を設立して多くのパイロットを育て、国産機の開発にも努めた。1916年の東京訪問飛行で有名になり、翌年には民間初の夜間飛行にも成功した。また、東西定期航空会が発足すると飛行機、飛行士を提供して民間定期航空運輸に貢献。日本軽飛行倶楽部を設立し、軽飛行機の普及にも尽力した。
①伊藤音次郎の足跡をたどろう
鷺沼海岸に飛行場があった!ー日本民間航空の開拓者ー 伊藤音次郎 住みたい習志野
伊藤音次郎が飛行機に魅せられ、飛行機に一生を捧げたその一生を解説しています。
「習志野から大空へ~民間航空のパイオニア・伊藤音次郎」 習志野の歴史を知ろう第7回
伊藤はライト兄弟に憧れて航空の世界へ足を踏み入れると、苦労を重ねて操縦法をマスターします。「帝都飛行」を成功させて一躍有名になった後も、200名近い人材を育てました。
伊藤音次郎 Captain Fleet
「参考」の「伊藤式恵美1号」「伊藤式恵美2号」をクリックすると音次郎が開発した飛行機についての詳しい解説があります。
国産飛行機のあけぼの・干潟でヒコーキに熱中した日々 ナショナルジオグラフィック日本版
音次郎はなぜ千葉の海辺に飛行機研究所を作ったのか?その理由がわかります。
さらに学ぼう
東峰神社と伊藤音次郎 成田空港サーバー資料室
成田空港の中には伊藤音次郎と関連の深い東峰神社があります。
伊藤音次郎氏と日記帳 一般財団法人 日本航空協会 航空遺産継承基金 アーカイブ
伊藤音次郎がつけていた当時の日記を読むことができます。
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